∞即是空 第4話 実態のない無限級数

「無限級数の定義は,高校生には酷といえるくらいぶっ飛んでいると思う」

「やっぱり難しいですよね」

「教科書には

無限数列 a1,a2,a3,,an, において,各項を前から順に + の記号で結んで得られる式 a1+a2+a3++an+ を無限級数といい……

とある.もはや何でもありだよな.無限個ある数を + で結んだ式を考えている.これ自体にはなんの意味もない.そして面白いのは,初項から第 n 項までの和を Sn とするとき,limnSn=S となる実数 S が存在するならば,その無限級数は S に収束するといい,a1+a2+a3++an+=S とかいてもよいという.意味のない記号が,(Sn) が収束すると分かるとそれは S という実数に変化してしまう.これがよく厳密な学問だといえるよね.俺でも意味不明といえるのに高校生に分かれという方が難しい話だ」

「ところで,大学で使う数学書にはどう書いてあるんですか?」

「お前……大学生なのになんで知らないんだ?」

「え,いや……高校でやった内容の定義は分かっているからって,すっ飛ばしたのかな?」

「ふーん.例えば杉浦光男の『解析入門 I』などは,部分和 Sn:=k=1nak に対して,数列 (Sn) のことを an を第 n 項とする無限級数であると定義しており,(Sn)S に収束するとき S=a1+a2+a3++an+ とかくと定義している.確定している実数 S の書き換えとして,右辺を定義しているから,これなら俺もすんなり受け入れられる.まあ,ちょっと非等式っぽさもあるが」

(Sn) という部分和の列を無限級数と呼ぶのには違和感がありますね」

「なんでだ?」

「級数って無限であれ有限であれ,数列の和を表す言葉ですよね.それが数列 (Sn) を表すっていう点ですよ」

「なるほどな.しかし級数は英語で series だぞ.欧米人がどういうつもりで数列の和を series と呼ぼうとしたかは知らないが,シリーズっていうのは『連なったもの』といった意味の言葉であり,むしろ和というイメージの方が出てこなくないか?」

「……確かに,シリーズって言われると和というよりは列をイメージするかもですね」

「数列 (Sn) を無限級数という定義なら,その実態は a1,a1+a2,a1+a2+a3, a1+a2+a3++an,  という,数を随時加えてできる新たな数列ということになり,こいつをシリーズと呼ぶことの方が,無限和のことをそう呼ぶより合点がいく気がするがな.もっと言えば,無限級数は数列の和であるという立場だと,無限級数の和という言葉は頭痛が痛いのような重言になるが,(Sn) が無限級数という立場なら,数列 (Sn) に対して定まる値のことを特別に和と呼ぶことになるだけなので重言にはならない.重言を避けるには,無限級数の値といった呼び方にするなどの回避策はあるが」

「でも,無限級数 (Sn) の和っていうと,S1+S2++Sn+ みたいなものを連想しません?」

「それは確かにある.無限級数の和などという用語が昔から使われているから,現代数学の立場でうまく当てはめてるっていう事情もある.もし,俺が人類の歴史と記憶を自由に書き換えることができるのなら,無限級数やその和という言葉は一切消して,『数列 (an) の総和』程度の呼び方に統一したいな」

「あ,いいですね! それ.英語では,summation of (an) って感じでしょうか」

「そんなところだろう.例えば.従来の,次の無限級数の和を求めよ. 1 12+ 1 22+ 1 32++ 1n2+ みたいな問題は,次の数列の総和を求めよ. 1 12, 1 22, 1 32,, 1n2, に書き換わる」

「めっちゃシンプルで,それも無限級数なんて新しい用語を使わなくても済むじゃないですか!」

「まあ,妄想の話だけどな.ちなみに総和という用語は無限級数の例題にもしれっと使われている.例えば,適当な三角形を用意して,各辺の中点を結ぶと元の三角形と相似な三角形ができるよな」

「はい」

「そして,その相似な三角形の各辺の中点を結んでまた新たに相似な三角形を作り,これを限りなく続けるとき,出来上がった三角形の面責の総和を求めよ,みたいな問題が見受けられる」

「ああ! 総和って用語は定義されていないから先輩的にはアウトですね」

「先輩的じゃなくて,一般的にアウトだろ.総和って言葉を使うと無限個のものを足し切ったというイメージがついてしまう.しかし,そんなことは不可能だ.あくまで,部分和の極限値を総和と呼ぶ,みたいな但し書きがなければ認められないと思う」

「厳しいですね」

「おっと,いかん.俺は総和という言葉を奨励したい立場なのに教科書を批判してしまった.まあ,俺が教科書を見て少し思うことは,無駄な用語や記号が多いということだ.高校生は最初に数列の収束・発散の定義を勉強し,そのあと無限級数という新たな実態のない概念を定義してそれらの収束・発散も定義する.非常に紛らわしい.そして,ただの等比数列を無限等比数列と呼び,無限等比級数なんて用語も持ち出し,いたいけな高校性を撹乱させようとしている節がある」

「へえ,意外と高校生の目線で考えているんですね.感心感心」

「お,お前は何目線なんだよ」

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