∞即是空 第8話 逆関数の導関数に異議あり

「教科書に逆関数の微分法というお題がある.そこにある

逆関数の導関数を用いてもとの関数の導関数を求めることを考えよう

という記述がどうも気になる.不自然だよね」

「ですね.『逆関数の微分法』といったら,y=f(x) に対して,(f-1)(x) を求める方法,っていう意味かと思いますよね」

「相対的に見れば,f(x)f-1(x) の逆関数だから間違いではないのだが……f(x) を微分するために,まず逆関数 f-1(x) を求めて,それの導関数を求めて,そしてようやく f(x) を求める……この教科書の一行だけでなんてけったいな議論をしようとしているんだ,という印象は拭えないよな」

「実際,逆関数の微分法が真価を発揮するのは,sinxtanx のような初等的な表示ができない逆関数の導関数を求めるときですからねえ.もとの関数の導関数を用いて逆関数の導関数を求めよう,だったらちょっとは価値がありそうに聞こえますよね」

「俺も同意見.そして,教科書に書いてある逆関数の導関数で致命的なのは,さっきの対数微分法の時と同様,微分可能か不明なものを微分可能であること仮定して議論を進めている点にある.まったくいいことないよな」

「ちょっと見せてもらっていいですか——なるほど,y=f(x) の逆関数を g として,x=g(y) に対して ddxg(y)=ddyg(y)dydx

なる変形をしていますね.逆関数の導関数を用いるということは g の微分可能性は使えますが,y の微分可能性は……って感じですね.あ,でも,一応

一般に,関数 f(x) の逆関数 g(x) が存在して,g(x) が微分可能であるとする

っていう謎の仮定を明記してますね」

「さっきやった,an+1=2an-3 で定義される数列 {an} が収束したと仮定したら 3 に収束する,という話と同じで無意味な論理だ」

「厳しいですね」

「細かいことを言ってたらきりがないし高校生に厳密過ぎることを求めるのもかえって教育的とは言えないだろう.恐らく,ここら辺は dy/dx を分数のようにして扱ってよいという感覚を養わせるための単元だと思う.しかし……」

「数学の教員になるんだったらちゃんと心得ておかないと,ですよね」

「分かってるじゃないか.いずれ,本当にできる生徒がいたらこの点について突っ込んでくることもあるだろう.教員はそういう生徒の言葉に対して,『言われてみたらそうだねえ』じゃなくて,『実はそれはね』と,ちゃんとした数学を伝えねば威厳は保てんだろうな」

「先輩にしては,凄く考えてますね」

「ちなみに大学生向けの数学書では,ちゃんと逆関数の導関数の求め方として記述してある.関数 y=f-1(x),すなわち x=f(y) に対して,f(y)0 となる範囲で f-1(x) は微分可能であり,(f-1)(x)= 1f(y)= 1f(f-1(x)) が成り立つ,みたいに説明してあるからな.一応証明を与えよう.逆関数 y=f-1(x) に対して,x=a における微分係数を求める.b=f-1(a) とおくと x=f(y),a=f(b) であり,f の単射性から xa のとき yb であり,f-1(x)-f-1(a)x-a=y-bf(y)-f(b)= 1f(y)-f(b)y-b であり,xa のとき yb だから,f(y)0 ならば上の式は  1f(b)= 1f(f-1(a)) に収束する」

「……そういえば逆関数の導関数って合成関数の微分法で証明できるのになんで大学の教科書はこういう証明なんだろって疑問に思っていた記憶が」

dy/dx を分数のように扱えることを言いたいのは分かるが,y=f(x)y=f-1(x) のグラフは直線 y=x に関して対称なのだから,接線も対称になっていることを利用する.これがある意味で高校生らしい逆関数の導関数の求め方なのではないのかな.例えば直線 y=2xy=x に関して対称な直線は y= 1 2x だ.この例で明らかのように,y=x に関して対称な直線の傾きは逆数の関係にある.ということは,曲線 y=f(x) 上の点 (a,b) における接線の傾きは f(a) であり,その点と対称な位置にある曲線 y=f-1(x) 上の点 (b,a) における接線の傾きは  1f(a)= 1f(f-1(b)) で,これは当然 (f-1)(b) に等しいから (f-1)(b)= 1f(f-1(b)) と書けて,b を変数 x に置き換えれば,逆関数の導関数 (f-1)(x)= 1f(f-1(x)) を得る」

「へえ.これなら当たり前のように f(x) の逆関数の微分可能性がビジュアルで説明できますね」

コメントする