∞即是空 第11話 不定積分の置換積分と定義域

「不定積分も不確かなものだが,その置換積分はより一層不可解だ.教科書には f(x)𝑑x=f(g(t))g(t)𝑑tただし,x=g(t) とある.当然,f(x)𝑑x=f(g(t))dxdt𝑑t と書いてもよい.この公式を認めると,次のような計算は認められるか考えてみてほしい.x𝑑x において,x=sint と置くと,dxdt=cost より x𝑑x=sintdxdtdt=sintcostdt=sin2t 2𝑑t=-cos2t 4+C1=-(1-2sin22t) 4+C1=sin2t 2- 1 4+C1=x2 2+C(C=- 1 4+C1) 絶望的に遠回りしているが,得られる『式』は正しい.しかし,果たして過程は大丈夫だろうか」

「わざわざ言うからにはダメなんでしょうね.理由もなんとなく分かります.x𝑑x における x は実数全体を動くものとみるのでしょうが,-1 以上 1 以下の範囲でしか動かない sint で置くならば,最後に結論された x𝑑x=x2 2+C-1x1 の範囲で成り立つことしかいえていないと思います」

「そういうこったね.よく不定積分の置換積分の公式を見て欲しいのだが,x=g(t) のとき f(x)𝑑x=f(g(t))g(t)𝑑t が成り立つという言い方からして,x が動ける範囲は g(t) の値域に限られている.もし仮に右辺が x だけの式になったのであれば,それは F(g(t))+C という形になっているはずだから,g(t)=x を戻して f(x)𝑑x=F(x)+C としても,x の範囲は g(t) の動ける範囲まで,ということになるな.だから,俺がさっきやって見せた x=sint という置換は不十分な解答ということになる」

「まあ,普通にやっていればそんなへんちくりな置換はしませんよね」

「まあな.それじゃあ,次のお題だ.今度は逆のパターン.一般に置換積分を最初に学ぶと教科書で ax+b の有理化をする例題をやる.例えばこの教科書でも x1-x𝑑x という問題から入る.で,いつも奇妙に思えるのが 1-x=t とおく,という手順から始まっている点だ.公式では x=g(t) としているのに,ある固まりを t で置くというよく分からない手順になっている」

「いきなり x=1-t2 と置く,って答案だと天下り的でかえって不自然だからじゃないですか」

「わかる.まあ,そういうことなんだろう.だけど初めて置換積分をするんだったもっと簡単な例でやっても,と思うことはある.まあ,それはいいとして,教科書の通り 1-x=t と置いたら両辺を 2 乗して x=1-t2 とし,dx/dt=-2t であることから x1-x𝑑x=(1-t2)t(-2t)𝑑t=(2t4-2t2)𝑑t って具合に根号が外れるんだけども,最初に 1-x=t と置くのではなく,x=1-t2 と置いていたらどうなるんだろうって話だ.ある意味で,公式にのっとった正当なやり方」

「同じ結果になるんじゃないですか?」

「ところがどっこい,なんとよく分からなくなる.なぜかというと,出発が x=1-t2 だと 1-x=t2=|t| となるから x1-x𝑑x=(1-t2)|t|(-2t)𝑑t=(2t3|t|-2t|t|)𝑑t という風になってしまう」

「……これは妙ですね.上がるのと下りるのでは段数が違ってカウントされる心霊階段のような……」

t の符号で場合分けをして真面目にやれば結局は同じ答えがでる.ぶっちゃけると xm|x|dx= 1m+2xm+1|x|+c(m:) という公式も成り立つから直で積分はできるんだけど」

「結局先輩が言いたいことは,教科書の 1-x=t という置き方では,t が負の場合を考えていないから不完全だってことですか?」

「って言いたかったんだけど,実はそうではない.t0 の場合だけを考えれば十分だから教科書の解答でも十分,ということが言いたかった.要はだな,x1-x𝑑x の定義域は 1-x0 すなわち x1 だ.そして,x=1-t2 という置換に対して,t0 の範囲だけに絞っても x の範囲は x1 となるから,元々の x の範囲をくまなくカバーしている.だから,t0 に限定しても正しい答えが出るということなんだ.こういう背景を知らずして教科書を見て勉強している若者は正しい置換積分ができているんだ.平和で良い世の中だ」

「……先輩ってよくこんなことまで考えますよね.正直,どこの高校にここまで厳格に見ている先生がいるのかって一瞬思いましたよ」

「そうかな.1-x=t と置いて2乗すると同値関係が崩れるから,そこら変を気にし始めただけなんだがな」

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